闇を照らし、腐敗を正せ
—あなたは光と塩
2025.11.02
本日は「恵み」について、そして「地の塩、世の光」として生きることについて、マタイの福音書から学びたいと思います。私たちがどのようにして救われ、今何をすべきなのか、その原点を確認しましょう。
本日のアジェンダ
1
救いの本質:「行い」ではなく「恵み」
2
私たちの役割:「地の塩、世の光」
3
光を妨げるもの:形式主義の罠
4
今、光を輝かせるために
© The Arthur Hollands Show
1
本日はこの4つのポイントでお話しします。まず救いの土台である「恵み」を確認し、次に私たちに与えられた「役割」、そしてそれを妨げる「罠」、最後に「具体的な行動」へと進んでいきます。
01
1. 救いの本質:「行い」ではなく「恵み」
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最初の章です。私たちの救いの根幹である「恵み」について見ていきましょう。
救いは「行い」か「恵み」か
私たちは「恵みにより、信仰によって」救われた(エペソ2:8)
宗教的な「行い」
自分の力で神に向かおうとする(修行、お布施)
行いでは私たちの罪を補うことはできない
罪人を裁き、排除しようとする
キリストの「恵み」
神の方から私たち(罪人)のところに来てくださる
一方的な賜物(プレゼント)であり、誇ることはできない
罪人と交わり、赦しと永遠のいのちを与える
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多くの宗教は、自分の「行い」によって神様に近づこうとします。しかし聖書は明確です。私たちの救いは行いによるのではなく、神からのプレゼント、すなわち「恵み」によるものです。私たちは自分の力では救われません。神様が一方的に、罪深い私たちのところへ来てくださったのです。
私たちは神の「傑作」
恵みによって救われた者は、神の働きを担うために新しく造られた
私たちは、神によって造られた傑作(エペソ2:10)
本来の神の姿に似せられた者として、栄光から栄光へと変えられる
第二のアダムであるイエスが心に宿り、私たちを通して神の働きをなされる
私たちの目を通して人々を見つめ、唇を通して語り、手足となって自らを捧げる
これらすべてが、恵みから始まり、恵みによって完結する
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恵みによって救われた私たちは、ただ救われて終わりではありません。私たちは「神の傑作」として新しく造られました。それは、キリストが私たちのうちに生き、私たちを通して、この地上で神様の働きを担っていくためです。私たちの手足が、神様の手足として用いられるのです。
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2. 私たちの役割:「地の塩、世の光」
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では、神の傑作とされた私たちには、どのような役割が与えられているのでしょうか。イエス様が語られた有名な言葉を見ていきます。
あなた方は地の塩、世の光
あなた方は地の塩です。もし塩が塩気をなくしたら、何によって塩気をつけるのでしょう。…あなた方は世界の光です。山の上にある街は隠れることができません。
— マタイの福音書 5章13-14節
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イエス様は私たちにはっきりと「あなた方は地の塩です」「あなた方は世界の光です」とおっしゃいました。これは、私たちが「そうなるように努力しなさい」という意味ではなく、「あなたは既にそうなのだ」というアイデンティティの宣言です。
「塩」と「光」の具体的な役割
地の塩 (Salt of the Earth)
味気のない、神を見失ったこの世に、神の愛という本質的な味をもたらす
腐敗が進む世の中にあって、腐敗を防ぐ役割を担う
世の光 (Light of the World)
山の上にある街が隠せないように、私たちの存在は闇の中で際立つ
神の栄光(メノーラ)の光を反射し、闇の中にいる人々にいのちの光を照らす
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「地の塩」とは、味気のないこの世に神様の素晴らしさを伝える存在であり、また世の腐敗を防ぐ役割です。「世の光」とは、イエス様という光を受けて、それを隠すことなく、周りの人々を照らし出す役割です。
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3. 光を妨げるもの:形式主義の罠
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しかし、私たちはしばしば、この光を輝かせることを妨げられてしまいます。その最大の罠が、イエス様の時代にもあった「形式主義」です。
落とし穴(1):光を「ますの下」に置く
明かりをつけて、それを枡(ます)の下に置く者はいない(マタイ5:15)
「ますの下」とは?
せっかくイエスという光に出会ったのに、その光を自分の中だけに留めてしまうこと
光を輝かせない状態
世の闇に飲み込まれ、クリスチャンであること、救われた喜びを世に証しないこと
塩気をなくした塩
塩が塩気をなくしたら、外に捨てられ踏みつけられるだけ。何の役にも立たない
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イエス様は「明かりをますの下に置く者はいない」と言われました。せっかく救いの光を受けたのに、それを世に輝かせず、自分の中に隠してしまう。それは塩気をなくした塩と同じで、本来の役割を果たしていない状態です。どれだけのクリスチャンが、この「ますの下」に光を隠してしまっているでしょうか。
落とし穴(2):パリサイ人の「宗教」
当時の宗教指導者たちは、なぜ光であるイエスに気づけなかったのか?
既得権益への固執
自分たちの地位や名誉、お金を守ることを、神の真理よりも優先した
奇跡の拒絶
盲人が見え、死人が蘇るという神の業を見ても、イエスを受け入れなかった
御言葉の知識化
聖書を暗記していても、その中心人物であるイエスが目の前にいるのに気づけなかった
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当時、最も聖書を知っていたはずの律法学者やパリサイ人たちは、なぜイエス様を受け入れられなかったのでしょうか。それは彼らが、自分たちの地位や名誉、利益を守ることを優先したからです。彼らにとってイエスは邪魔な存在でした。御言葉を知っていても、その御言葉が指し示すイエス様本人を拒絶したのです。
イエス(恵み) vs 宗教(行い)
宗教は神を知っていると言いながら、神を十字架につけた
イエス(いのち)
宗教(形式)
方向性
神から人へ
人から神へ
対象者
罪人と交わる
罪人を裁く
動機
愛と恵み
恐れと自己義
結果
いのちの回復
神を十字架につける
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これが宗教の恐ろしさです。神を知っていると言いながら、神ご本人を十字架につけて殺してしまう。イエス様は宗教そのものではありません。イエス様は、神から私たちのもとに来て、私たちを罪から解放し、神との関係を回復させてくれる「いのち」そのものです。
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4. 今、光を輝かせるために
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では、この形式主義の罠を避け、今、私たちが光を輝かせるためには、何をすべきなのでしょうか。
日本の現状という「闇」
イエスは一匹の失われた羊のために、99匹を野に残した
クリスチャン人口比率
約 1 %
(横ばい)
迷える羊の比率
約 99 %
(未達)
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今の日本の現状を見てください。クリスチャンは1%弱です。イエス様は99匹を野に残してでも、失われた一匹を探しに行かれました。しかし今の日本は、99%が迷っている状態です。この国こそ、福音を伝えていくことが必要ではないでしょうか。
私たちはどちらの姿か?
「守り」に入るのか、「出て行く」のか
パリサイ人的な姿(守り)
御言葉を知っているが、行動しない
福音を伝えている人を批判・裁く
自分のコンフォートゾーン(教会)に留まる
光を輝かせる姿(宣教)
福音宣教のために自分のできることを行う
福音を伝えている人のために祈る
自分の「証(あかし)」を世に発信する
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それなのに、福音を伝えないばかりか、伝えている人を「やり方がおかしい」と批判していないでしょうか。それは当時のパリサイ人と同じ姿です。批判するエネルギーがあるなら、自分ができることは何なのか。そこに向かっていくべきではないでしょうか。
光を輝かせるステップ
批判する暇があるなら、自分のできる宣教をしよう
証を持つ
イエス様に救われた「証」は、わきまえのない者を賢くする力がある
発信する
SNS、歌、詩、言葉、行い。自分に与えられた賜物を用いて発信する
祈る
他者の働きを批判せず、その働きが祝福されるよう、主に用いられるよう祈る
神をあがめる
私たちの最終目的は、人々が私たちの良い行いを見て、天の父をあがめること
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皆さん一人一人、イエス様に救われた証があるはずです。その証を発信していきましょう。詩や歌、SNS、何でもいい。自分ができる方法で、光を輝かせていきましょう。人を裁く暇はありません。自分のできることをするのです。
あなた方の光を人々の前で輝かせなさい
このように、あなた方の光を人々の前で輝かせなさい。
人々があなた方の良い行い(=聖霊による行い)を見て、
天におられるあなた方の父をあがめるようになるためです。
(マタイ 5:16)
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私たちの目的は、自分のためではありません。人々が、私たちの「良い行い」——それは偽善的な行いではなく、聖霊によって、恵みの遠心力によって行う業です——それを見て、天におられる私たちの父なる神様をあがめるようになること。これこそが、私たちが光を輝かせる理由です。
皆さん、私たちは恵みによって救われました。そして「地の塩、世の光」という素晴らしい役割が与えられています。ますの下に光を隠すことなく、それぞれの場所で、自分にできる方法で、主の光を輝かせていきましょう。Have a good day!