ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
「憐れみ深さ」
2026.05.04
おはようございます。本日もご参加いただきありがとうございます。今日は「憐れみ深さ」というテーマで、ルカの福音書10章37節を中心にお話しさせていただきます。
本日のメッセージ
1
教会と礼拝の本質
2
永遠の命と律法の本質
3
良きサマリア人のたとえ
4
憐れみの実践
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1
本日のメッセージの全体的な流れです。まず教会と礼拝の本質について触れ、次に律法学者の問いから永遠の命について考えます。そして、メインとなる良きサマリア人のたとえ話を紐解き、最後に私たちがどう憐れみを実践していくべきかを分かち合います。
教会と礼拝の本質
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2
それではまず、教会と礼拝の本質について考えていきましょう。
「マイチャーチ」とは何か
建物ではなく、神の息吹を感じる場所
建物を出たところにある 自然界や宇宙 が教会である
人が中に入って生活しなければ建物には意味がない
たましいのノッカーであるイエスは 私たちの体 が宮だと言う
神の方から私たちに近づき、共に食事をしてくださる
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皆さん、教会とは建物だというイメージが強いかもしれません。しかし、建物を出たところにある自然界や宇宙そのものがマイチャーチなのです。イエス様は、私たちの体、心そのものが神の住むチャペルだと言ってくださいます。私たちが神に近づこうとするのではなく、神の方から歩み寄ってくださるのです。
礼拝がもたらす3つの恵み
息吹への感謝
命を与えた方への賛美
心の修正
ぶれた心を平常に戻す
希望の光
闇の人生を照らす
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礼拝には大きな3つの恵みがあります。1つ目は、生きる息吹を与えてくださった神への感謝と賛美です。2つ目は、忙しい日常でぶれてしまった心を落ち着かせ、平常心を取り戻すこと。そして3つ目は、暗闇や問題のただ中にある私たちに、神の言葉を通して希望の光を与えてくれることです。
永遠の命と律法の本質
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次に、ある律法学者の問いを通して、永遠の命と律法の本質について見ていきましょう。
律法学者の問いとイエスの導き
知識から実践へと向かうステップ
永遠の命へ
何をしたら永遠の命を受け取れるか
律法の確認
神を愛し、隣人を愛せよという教え
知識の限界
頭で理解しても実践が伴わない
自己正当化
私の隣人とは誰かと問い返す
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ある律法学者がイエス様を試そうと、何をすれば永遠の命を得られるかと尋ねました。彼は聖書の教えを知り尽くしており、神を愛し隣人を愛することだと正しく答えました。イエス様はその通りだと言いますが、彼にはそれを実践する心が欠けていたのです。彼は自分を正当化するために、さらに私の隣人とは誰かと問い返します。
良きサマリア人のたとえ
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この問いに対し、イエス様は誰もがわかる良きサマリア人のたとえ話をされます。
エリコへの道で起きたこと
強盗に襲われた旅人と3人の通行人
発端
旅人が強盗に襲われ半殺しにされる
第一の通行人
祭司が反対側を通り過ぎる
第二の通行人
レビ人も反対側を通り過ぎる
第三の通行人
サマリア人が介抱し宿屋へ連れて行く
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エルサレムからエリコへ下る道で、ある人が強盗に襲われました。そこへ神に仕えるはずの祭司とレビ人が通りかかりますが、関わりを避けて反対側を通り過ぎてしまいます。しかし、当時ユダヤ人から差別されていたサマリア人が通りかかり、彼を深く憐れみ、手当てをして宿屋まで運びました。
宗教家とサマリア人の違い
隣人愛に対する行動の対比
祭司・レビ人
神の愛や隣人愛を教える立場
血に触れて 汚れること を恐れた
教えは知っているが 実践がない
反対側を通り過ぎた
サマリア人
ユダヤ人から 差別されていた 存在
かわいそうに思い 近寄った
傷に油とぶどう酒を注ぎ 介抱した
費用を払い 継続的なケア を約束した
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ここで注目すべきは、宗教家とサマリア人の違いです。祭司やレビ人は神の愛を説く立場でありながら、自分が汚れることを恐れて見過ごしました。一方、差別されていたサマリア人は、自分を差別するかもしれないユダヤ人を深く憐れみ、自らの時間とお金を使って徹底的に介抱したのです。
憐れみの実践
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10
それでは、このたとえ話を通して、イエス様が私たちに何を求めているのかを考えましょう。
真の「良きサマリア人」
イエスが私たちにしてくださったこと
1
強盗に襲われ心傷ついている 私たちを見つける
2
自ら良きサマリア人となり 寄り添って介抱する
3
罪人である私たちのために 十字架で死ぬ
4
よみがえり、 永遠の命 を与えてくださる
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実は、この真の良きサマリア人とはイエス様ご自身のことです。罪という強盗に襲われ、傷ついている私たちを見つけ、寄り添い、介抱するために来てくださいました。十字架で死んでよみがえることで、恩知らずな私たちに最大の憐れみを示し、永遠の命を与えてくださったのです。
私たちへの問いかけ
知識を行動に移すために
Q. 誰が強盗に襲われた者の隣人になったか?
A. その人にあわれみをかけてやった人です
Q. 私たちに求められていることは何か?
A. あなたも行って同じようにしなさい
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イエス様は律法学者に問います。誰が隣人になったと思うか。答えは明確、あわれみをかけてやった人です。イエス様は私たちにもあなたも行って同じようにしなさいと語りかけておられます。頭での理解だけでなく、実際に憐れみを示す行動が求められているのです。
ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
私たちも神の憐れみを深く受け取り、周りの人々に少しでもその愛を表していく者へと変えられていきたいと思います。本日はありがとうございました。