ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
アジェンダ
1
イエスと罪人たち
2
失われた羊と銀貨のたとえ
3
放蕩息子の転落と帰還
4
兄の不満とパリサイ人
5
十字架の愛と招き
© The Arthur Hollands Show
1
本日の流れはこのようになっています。まず、このたとえ話が語られた背景にあるイエス様と罪人たちの関わりを見ます。次に、失われた羊と銀貨のたとえを確認し、メインとなる放蕩息子の転落と帰還、そして兄の不満について考えます。最後に、そこから見える十字架の愛について分かち合います。
イエスと罪人たち
© The Arthur Hollands Show
2
それでは第一部として、このたとえ話が語られた背景と、その前に語られた二つのたとえについて見ていきましょう。
罪人を受け入れるイエス
たとえ話が語られた背景
パリサイ人・律法学者
聖別された生き方を目指す
罪人と交わるイエスを批判する
自らの力で清められようとする
取税人・罪人たち
イエスの話を聞こうと近寄る
心の狭間に光を求める
愛されたいという思いを素直に表す
© The Arthur Hollands Show
3
イエス様の周りには、取税人や罪人たちが話を聞こうと集まっていました。彼らは愛を求め、心の狭間に光を差し入れてくれるイエス様に惹きつけられたのです。一方で、清くあろうとするパリサイ人や律法学者たちは、イエス様が罪人と食事を共にしていることに対してつぶやき、非難しました。この対照的な姿が、物語の前提にあります。
失われた羊と銀貨のたとえ
© The Arthur Hollands Show
4
罪人を受け入れることを非難されたイエス様は、人々に神の心を示すためにたとえ話を語り始めます。
神の喜びを表す二つのたとえ
迷い出た一匹の羊
本物の羊飼いは九十九匹を残して必ず探しに行く
無くした一枚の銀貨
生活にかかわる大切なものとして見つけるまで探す
天における大きな喜び
一人の罪人が悔い改めるなら天に喜びが湧き起こる
© The Arthur Hollands Show
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放蕩息子の前に、イエス様は二つのたとえを語られました。百匹のうち一匹が迷い出たら、本物の羊飼いは必ず探しに行きます。また、十枚の銀貨のうち一枚を無くしたら、生活にかかわる大切なものとして必死に探します。見つかった時には友人を呼んで喜ぶように、天においても、一人の罪人が悔い改めるなら大きな喜びが湧き起こるのです。
放蕩息子の転落と帰還
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6
そして話は、いよいよ三つ目のたとえである「放蕩息子」へと移っていきます。
弟の転落への歩み
親の愛から離れた結果
1
生前に父へ財産の分け前を要求
2
すべてをまとめて遠い国へ旅立つ
3
放蕩の限りを尽くし財産を湯水のように使う
4
大飢饉に見舞われ豚の世話をするまでに困窮
© The Arthur Hollands Show
7
ある人に二人の息子がいました。弟は、父が生きているにもかかわらず財産の分け前を求め、遠い国へと旅立ちます。そこで親の愛に背を向け、放蕩の限りを尽くして財産を使い果たしました。さらには大飢饉に見舞われ、ユダヤ人にとって忌み嫌われる豚の世話をするまでに転落し、食べるものにも困るどん底の貧しさと虚しさを味わうのです。
立ち返りのプロセス
我に返る
父の愛に気づき、自らの罪を認める
決意する
雇い人として父の元へ向かう
立ち上がる
ありのままの姿で一歩を踏み出す
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8
全てを失ったどん底で、彼はついに我に返ります。父の元には豊かなパンがあることに気づき、天に対しても父に対しても罪を犯したことを素直に認めました。そして、息子ではなく雇い人の一人にしてもらおうと決意し、罪にまみれ、豚の臭いがするボロボロのありのままの姿で、父の元へと立ち上がり一歩を踏み出したのです。
父の歓迎と和解の祝宴
走り寄って抱く
遠くから見つけ、かわいそうに思い口づけする
着物と指輪と靴
奴隷の姿から、息子としての身分へと回復させる
子牛をほふり祝う
死んでいた者が生き返り、和解の食事が開かれる
© The Arthur Hollands Show
9
息子がまだ遠く離れていたのに、父は彼を見つけました。親がずっと見守っていたのです。父はかわいそうに思い、走り寄って抱きしめ、口づけしました。そして、奴隷のような姿の息子に一番良い着物を着せ、指輪をはめ、靴を履かせて、神の子としての身分を完全に回復させました。死んでいた息子が生き返ったと、和解の祝宴が盛大に開かれたのです。
兄の不満とパリサイ人
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10
しかし、この祝宴を手放しで喜べない者がいました。それが畑から帰ってきた兄です。ここから、兄の不満と父の愛について見ていきましょう。
引用
だが、おまえの弟は死んでいたのだ。生き返ったんだ。いなくなっていたのが見つかったんだって。楽しんで喜ぶのは当然だろう。
— 父親(ルカの福音書15章より)
© The Arthur Hollands Show
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父は、怒って家に入ろうとしない兄のもとに出てきて、優しくなだめます。そしてこう言いました。おまえの弟は死んでいたのだ。生き返ったんだ。いなくなっていたのが見つかったんだって。楽しんで喜ぶのは当然だろう、と。
兄の不満と父の愛
兄息子(パリサイ人)の視点
長年仕え戒めを破ったことはない
子山羊一匹すら与えられなかったと不満を抱く
弟の罪を責め祝宴に入ることを拒む
父親(神)の視点
お前はいつも私と一緒にいる
私のものは全部お前のものである
死んでいた弟が生き返ったことを共に喜ぶ
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兄は、長年真面目に仕えてきたのに報われないと不満をぶつけます。これはまさに、罪人を非難していたパリサイ人の姿そのものです。父のそばにいながら、父の深い愛と憐れみを理解していませんでした。しかし父は、お前はいつも私と一緒にいて、私のものは全部お前のものであると、兄に対しても変わらぬ深い愛と恵みを注いでいることを伝えたのです。
十字架の愛と招き
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13
最後に、このたとえ話を通してイエス様が私たちに伝えたかった、十字架の愛と招きについて心に留めたいと思います。
招きと祈り
愛の自覚
神の愛に気づく
悔い改め
ありのままで立ち返る
和解と回復
赦しと永遠の命
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放蕩息子の父の姿は、私たちのためにひとり子イエス・キリストを与えてくださった神の愛を彷彿とさせます。私たちがどん底にいる時も、神様は走り寄って抱きしめてくださいます。自分の罪を認め、ありのままの姿で神様の愛に立ち返る時、十字架による完全な赦しと和解が与えられます。今日、心を開いてこの愛を受け入れていきましょう。
ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
お祈りします。私たちの罪のために十字架で死に、よみがえってくださったイエス様、どうか私の心にお入りください。この愛に感謝して、イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。ありがとうございました。