ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
雨の足跡 Traces of the Rain
アーサーホーランド
淡路島十字架行進 後編
2026.05.01
本日は、2026年4月27日から5月1日にかけて行われた、淡路島十字架行進の活動報告と、そこから得られた信仰的なメッセージについて共有させていただきます。
本日のメッセージ
1
雨の中の十字架行進
2
日常にある小さなチャペル
3
へりくだる心と神の視点
4
出会いと祈りの連鎖
5
旅は続いていく
© The Arthur Hollands Show
1
本日の流れはご覧の通りです。雨の中で始まった行進の様子から、道中での出会い、そして最終日に与えられたへりくだりのメッセージまで、順を追ってご報告いたします。
雨の中の十字架行進
© The Arthur Hollands Show
2
まずは、雨の日の十字架行進についてお話しします。冷たい雨が降る中での歩みは、信仰の現実を深く教えられる時間でした。
自分を捨て、十字架を負う
マタイの福音書の御言葉
誰でも私についてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従ってきなさい。
— ジーザス
© The Arthur Hollands Show
3
4日目は雨でした。気温は低く、足の痛みや皮むけなど体の現実を直視させられました。信仰とは痛みを感じないことや疲れないことではありません。雨の中でそれでも歩くこと。実際に肩に乗せられた十字架の重さを感じながら、マタイの福音書の言葉を深く噛み締めました。
淡路島を歩く意味
国産みの島に十字架を掲げて
日本の古い物語の中心である淡路島
ジーザスの愛が届いていると告げるため
ただ歩くことが最も深いメッセージとなる
© The Arthur Hollands Show
4
淡路島は国産みの島と呼ばれる場所です。この地にジーザスの愛が届いていると告げるために十字架を掲げて歩きました。雨の中に立つ十字架、海のそばを進む足。言葉を尽くす以上に、ただ歩くことが最も深いメッセージになることがあります。
日常にある小さなチャペル
© The Arthur Hollands Show
5
十字架行進は歩いている時だけの出来事ではありませんでした。日常の中に現れた小さなチャペルについてお話しします。
動く教会としての歩み
どこにいてもジーザスが語られる場所
食卓での語らい
食事の祈り、健康や家族の話を通して信仰を深める
誕生日の祝福
雨の中訪ねてきた家族の誕生日を祝い祈りを捧げる
記念の十字架
来た人が触れて背負うことでその人にとっての記念になる
© The Arthur Hollands Show
6
十字架は自分だけのものにしてはいけません。来た人が担ぎたいなら担がせてあげる。そして、車の中でも喫茶店でも、ジーザスが語られるならそこは小さなチャペルになります。雨の中訪ねてきた家族の誕生日を祝うなど、冷たい雨の日も誰かの人生を祝福する日となりました。
へりくだる心と神の視点
© The Arthur Hollands Show
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最終日の朝に置かれたのは、達成感ではなく、へりくだる心でした。ルカの福音書の言葉から教えられたことを見ていきます。
パリサイ人と取税人の祈り
ルカの福音書18章より
パリサイ人
宗教的に正しいことを誇る
自分は他の人たちとは違うと感謝する
週2回の断食と十分の一の献金を行う
取税人
遠くに立ち目を天に向けようとしない
自分の胸を叩き罪深い私を憐れんでと祈る
神に義と認められて家に帰る
© The Arthur Hollands Show
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イエスは、自分が正しいと確信し他人を見下す人々に、パリサイ人と取税人のたとえを話されました。自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます。神の働きをしながら自分を賞賛する誘惑はありますが、神は外側の行為ではなく心の動機を見ておられます。
神は心の動機を見る
人間の達成ではなく神の憐れみ
心を探られる神
人は外側を見るが神は心を読み取られる
へりくだる者への恵み
人に見られるためではなく神の前にへりくだる
魂の安らぎ
重荷を負う者を休ませてくださるイエスの憐れみ
© The Arthur Hollands Show
9
私たちがどれだけ大きな働きをしても、十字架を担いで歩いたとしても、神は外側だけを見ておられるのではありません。心の動機を見ておられます。この旅の主人公は人間の達成ではなく神の憐れみです。疲れている者、重荷を負っている者を休ませてくださる方に寄り頼むことが大切です。
出会いと祈りの連鎖
© The Arthur Hollands Show
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続いて、この旅で生まれた様々な出会いと、祈りの連鎖についてご報告します。
共に担ぎ支え合う人々
神が備えてくださった助け手
遠くの祈り
YouTubeで励まされてきた人々の支え
見送り
最終日だけでも見送りたいと集まる人々
寄り添い
出会う人に寄り添うことがイエスに繋がる
© The Arthur Hollands Show
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最終日も雨でしたが、神戸や浜松など各地から人々が集まりました。十字架は一人で担ぐこともありますが、その周りには祈る人、見送る人、途中から加わる人がいます。神が一人の一歩に助け手を用意してくださっていることが、雨の中で目に見える形になりました。
バングラさんが蒔いた種
愛と信仰によって蒔かれたものは働きを止めない
サポーター
長年の祈りと支え
2026年1月
突然の別れ
現在
残された使命の芽吹き
© The Arthur Hollands Show
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この日、アーサー先生の長年の相棒であったバングラさんの名前が何度も出ました。今年1月に突然の別れがありましたが、彼が蒔いた愛と信仰の種は決して働きを止めていません。神の中で蒔かれた種は、人々の心にとどまり、思わぬ時に芽を出していくのです。
旅は続いていく
© The Arthur Hollands Show
13
最後に、十字架行進がこれからどのように続いていくのか、その歩みについてお話しします。
十字架を誇りとする歩み
導かれてきた伝道への道
1
幼少期にカトリックの礼拝堂で見た十字架の記憶
2
47都道府県を回り路傍伝道を行うよう導かれる
3
自身が体験したことを伝え周りが真似て広がっていく
4
十字架以外に誇りとするべきものはあってはならない
© The Arthur Hollands Show
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アーサー先生がなぜ十字架を担ぐのか。それは十字架以外に誇りとすべきものがないからです。幼少期の原体験から始まり、路傍伝道、そして日本列島行進へと導かれてきました。これは計算ではなく、聖霊に呼ばれてやらされている喜びの歩みです。
5日間の行進がもたらしたもの
淡路島での祈りと恵み
洗礼を受けた方
5名
新たな一歩
共に歩んだ期間
5日間
祈りと対話
心の傷や不安
数多
十字架が通る
© The Arthur Hollands Show
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淡路島での5日間の旅の中で、初日に4名、3日目に1名の方が洗礼を受けました。十字架は海岸線だけでなく、人々の許せない記憶や病気の痛み、仕事の不安など、一つ一つの心のそばを通っていきました。
次に歩き出すあなたへ
ジーザスは今日も語りかけています
愛されている
神の深い愛
一人ではない
共におられる
希望がある
新しい道へ
© The Arthur Hollands Show
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この旅は記録されることで、また別の場所へ歩き出します。今、画面越しにこれを見ているあなたにも、ジーザスは語りかけています。あなたは愛されている。あなたは一人ではない。この道の先に新しい希望が開かれていくことを信じて、歩み続けていきましょう。
ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
以上で、淡路島十字架行進の報告を終わります。ご清聴ありがとうございました。